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スーパーライセンス・ポイントの改訂

 

F1スーパーライセンスのポイント配分が先日改訂されました。ざっくり言えば、FIAの肝いりで復活したFIA F2優遇を強調するために、他のシングルシーターは軒並みポイントダウン。それでもFIAの各選手権には引き続き他より高く配分されている、という具合です。

Revised point table for Super License

Revised point table for Super License(photo:The Checkered Flag

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17年開幕時点のスーパーライセンス該当ドライバー(F1除く)

マックス・フェルスタッペンが、シングルシーター経験わずか1年、しかも16歳という若さでF1に昇格したことをきっかけに導入された、F1スーパーライセンスのポイント制度。当時まだ存在すらしていなかったFIA F2が最高配点だったり、FIA F3がLMP1やIndyCarと同格&GP3やFR3.5より高配点だったり、なぜかFIA-F4がナショナルF3やFルノーより高待遇だったりと、発表当初からFIA管轄の各選手権への露骨な優遇ぶりが目に余るシロモノだったわけですが、The Checkered Flagさんが、17年開幕時点での基準該当ドライバーを紹介しています。

original:Superlicence Points – who holds enough to qualify for F1? – Formula 1 – The Checkered Flag

 

F1未経験者は24人

まず1戦たりともF1レース経験のないドライバーは24人が基準を満たしており、14年IndyCarチャンピオンのウィル・パワーや、昨年のWEC LMP1のチャンピオン・トリオ(ニール・ヤニ、マルク・リエブ、ロマン・デュマ)など、IndyCarとWEC LMP1のドライバーが多くを占めています。

ジュニア・フォーミュラでは、フェラーリのリザーブに選ばれたアントニオ・ジョビナッツィを筆頭に、セルゲイ・シロトキン、ピエール・ガスリーと奇しくも昨年のGP2のトップ3が続いています。

その他、GP3チャンピオンのシャルル・レクレール、Formula V8 3.5のトップ2などが順当にクリア。また昨年はジュニア・フォーミュラを卒業したフェリックス・ローゼンクビストも、15年のFIA-F3チャンピオンで一発クリアです。ということは、今年のSuper Formulaには後述するロッテラー&中嶋一貴を含め4人の”スーパーライセンサー”が参戦するわけで、なかなか豪華ですね。

余談ですが、過去2年のSFチャンピオン、石浦宏明&国本雄資も、今年3位以内に入れば基準を満たします。ホンダは若者ばかり見ず、メーカーの垣根を越えて日本のトップドライバーもいかがですか?(笑)

閑話休題。それ以外のカテゴリーでは唯一権利を持つホセ・マリア・ロペスは、WTCCの配点こそ最高15点と少ないものの、3年連続チャンピオンで余裕のクリアです。

qualified drivers without F1 experience

  1. Will Power (IndyCar):90
  2. Neel Jani, Marc Lieb, Romain Dumas (LMP1):80
  3. Antonio Giovinazzi (FIA F3, GP2):76
  4. Sergey Sirotkin (FR3.5, GP2):70
  5. Pierre Gasly (FR3.5, GP2):69
  6. Marcel Fassler (LMP1):68
  7. Benoit Treluyer (LMP1), Scott Dixon (IndyCar):66
  8. Loic Duval (IndyCar, FE):59
  9. Helio Castroneves (IndyCar):58
  10. Oliver Rowland (FR3.5, GP2):53
  11. Brendon Hartley, Timo Bernhard (LMP1):52
  12. Louis Deletraz (FR2.0, F3.5):49
  13. SimonPagenaud (IndyCar):48
  14. Charles Leclerc (FR2.0, FIA F3, GP3):47
  15. Alex Lynn (GP3, GP2):46
  16. Nyck de Vries (FR2.0, GP3) , Jose Maria Lopez (WTCC):45
  17. Felix Rosenqvist (FIA F3):43
  18. Oliver Jarvis (LMP1), Tom Dillmann (FR3.5/F3.5):40

 

F1経験者は10人。3人が100点越え!

一方、F1経験者では10人が該当しており、お呼びがかかれば、いつでも復帰可能な状態にあります。

中でもセバスチャン・ブエミ121点、アンドレ・ロッテラー118点、ルーカス・ディ・グラッシ100点と、この3人はWEC+Formula EまたはSFへの並行参戦で、100点オーバーという大量ポイントを獲得しています。現在のそれぞれのカテゴリーでの勢力図を見ても、この3人は今後も基準を満たし続けそうですね。

現在、日本人で唯一クリアしているのは中嶋一貴です。案外見落としがちですが、ホンダが今年もしくは来年、日本人ドライバーをF1に乗せたいと望むなら、松下信治や牧野任佑など自社の育成ドライバーを待つまでもなく、一貴を起用可能なんですよ。まぁ純血主義のホンダはそんなコトには無関心でしょうが。。。。

qualified Drivers with F1 experience

  1. Sebastien Buemi (LMP1, FE):121
  2. Andre Lotterer (LMP1, SF):118
  3. Lucas di Grassi (LMP1, FE):100
  4. 中嶋一貴 (LMP1, SF):60
  5. Mark Webber (LMP1):52
  6. Anthony Davidson (LMP1):51
  7. Juan Pablo Montoya (IndyCar):43
  8. Stephane Sarrazin (LMP1, FE), Alexander Rossi (GP2), Nelson Piquet Jr (FE):40

 

ポイント制度への疑問

FIA選手権が殊更に優遇された配分表からも、FIAがスーパーライセンスを利用して権威・権限を強化しているだけでは?と思えたものですが、改めてこれらのリストを見てみると、やはり「ポイント制度なんていらねーんじゃね?」と思えて仕方ありません。WECやIndyCarのトップドライバーはもちろん、ジュニア・フォーミュラの若手も実績十分な顔触れが揃っているわけですから、わざわざポイント化する必要性がないんですよね。

結局、フェルスタッペンという”怪物”への対処に困ったFIAが、大騒ぎした挙句、このくだらないシステムを思いつき、責任を回避しようとでも考えたのでしょう。

ただ現代の整備された環境をもってしても、フェルスタッペンのような怪物が現れるのはごくごく稀で、それこそ10年に一人というレベルでしかありません(実際、同じくFフォードからの3段飛びで大騒ぎになったキミ・ライコネンから14年後のことです) フェルスタッペンに影響されて、カートからいきなりFIA F3からシングルシーターを始めた無謀な若者もいましたが、少なくとも1年目は見事に無残な成績で終わりました。つまり過剰反応し過ぎなんですよね。

むしろこんな制度にしたことで、前述のフェルスタッペンやライコネンはもちろん、かつてのアイルトン・セナやミハエル・シューマッハー、ミカ・ハッキネン、それにジェンソン・バトンなど、ナショナルF3からの飛び級が、事実上不可能になるデメリットの方がはるかに大きいと思います。彼らのような世界チャンピオンレベルの才能は見る人が見ればF3で十分わかるもの。それがこんなくだらない制度のために、無駄なワンステップが要求されるなんて、それこそF1にとっては損失でしかないでしょう。

またWECやIndyCar、DTM、Super Formulaなど、F1以外のトップカテゴリーを格下に位置づける傲慢さも不愉快ですし、逆にFルノーやFIA-F4などの入門カテゴリーにまでポイントを与えるのも、単なるゲーム要素にしか見えません。上位カテゴリーにしても7位と8位に差を付けて、一体何の意味があるのでしょうか?

既に昨年の段階で、このポイントを満たしていないパスカル・ヴェアラインが、メルセデスからのリクエストで許可されたように、こんな制度を作ったところで、メーカーからの要請があれば、今後もあっさり許可しちゃうんでしょうね。だったらとっとと無くしちゃえばいいと思うんですけど。

必要なのは18歳という年齢制限だけだと思いますね。

 

ランス・ストロールがF1で大成しないと思う理由

先日、オートスポーツWEBに ランス・ストロールを“ペイドライバー”と侮ってはならない]という記事が掲載されていました。タイトル通り、今年F1レースデビューするランス・ストロールを好意的に評価しているのですが、自分は正反対の見方をしているので、ここで少し記してみたいと思います。

 

自分中心のチーム

ストロールはカートからシングルシーターに転向してからの3年間、一貫してジュニア・フォーミュラの強豪Prema Powerteamに所属していました(スポット参戦を除く) しかもストロール加入と同時に大富豪の父ローレンスがチームを買収するという、巨大なオマケ付きです。

当然そんな大事な”お客さん”をチームが無下に扱えるはずはなく、どれだけ特別扱いを否定しようと、必ずどこかしら”忖度”が働き、ストロール中心に動くことになるのは明白です。しかもストロールくらいの速さがあれば尚更でしょう。

しかしこのような父親のチームで走る、いわば庇護下に置かれた状態は、F1のようなトップカテゴリーではデメリットにしかなりません。

同様のケースはネルソン・ピケJrが当てはまります。ピケJrはブラジル時代から欧州に渡って以降も、一貫して父の興したチームで走っていました。イギリスF3ではチャンピオンに輝き、GP2でもルイス・ハミルトンと激戦を繰り広げるなど、将来を有望視されましたが、環境が一変したF1ではアロンソに全く敵わずナンバー2止まり。そしてクラッシュゲートによってF1を追われました。彼がドライバーとして成熟し名声を得るようになるのは、その後父親の元を離れてからのことです。

これは必ずしも父親所有のチームに限った話ではなく、テルメックスの絶大なサポートを受けてきたセルジオ・ペレスや、フラビオ・ブリアトーレ&ルノーのバックアップを受けていたロマン・グロージャンも同様です。10代の若者が大きな後ろ盾を持ち、チームからも優遇されていると、自分を特別な存在と思い込み、自信過剰・天狗になりやすいものです。

実際、彼らは当時のチームメイトらからも、その傲慢な態度で”ひんしゅく”を買っていました(小林可夢偉のグロージャン嫌いは有名ですかね?) 漏れ伝わってくるコメントや態度から察するに、ストロールにも同樣の疑いは拭えません。

 

貪欲さの欠如

そんな環境や性格にも起因するのでしょうが、FIA F3での2年間を見る限り、上位グリッドからスタートすれば確かに速いのですが、いざ中団以降に埋もれると、途端にモチベーションを失う傾向があります。諦めが早いというか、ジュニア時代のハミルトンやマックス・フェルスタッペンのような、どんな位置でも一つでも上へ這い上がってやるといった貪欲さがあまり感じられないんですね。当然トップカテゴリーでは中団以下に埋もれることの方が多いわけで、この傾向はF1を戦うドライバーとしてはどうでしょう?

 

適応力の低さ

そしてもう一つ、ストロールは新しいクルマ&カテゴリーへの適応力が低いように見えます。

Florida Winter Series (Paddock Scout)

2014年に当時フェラーリのアカデミーに所属していた彼は、開幕前のオフシーズンに、フロリダ・ウインターシリーズ(フェラーリ主催の冬季短期シリーズ)でシングルシーターにデビューしたのですが、ゲスト参加していた同じく同大会が4輪デビューのフェルスタッペンが、FIA F3経験者などを相手に、優勝&PP&FLを何度も取る衝撃的なデビューだった一方で、ストロールは全く目立つことなく終わっていました(ノンチャンピオンシップでしたが、ランキング的には11人中8位、フェルスタッペンは3位) まぁ”怪物”フェルスタッペンと較べるのは酷というものでしょうが。。。。

また初代FIA-F4チャンピオンという肩書きを引っ提げて、FIA F3にステップアップした1年目には、序盤に何度も危険なクラッシュを引き起こして出場停止処分まで受けています。中盤以降、修正したのは流石ですがF1、特に大幅に速度の上がる今年のF1でも、同樣の事態を起こさないか心配ですね。

Stroll’s crash at Monza 2015 (Autoblog)

 

ストロール擁護派(?)は昨年、圧倒的強さでチャンピオンを獲得したことを挙げますが、これにも少し留意が必要です。

昨16年のFIA F3は、エントリーが15年の35台から20台に激減し、フィールド全体の競技レベルが低下しました。また15年のランキング上位のうち、経験豊富なチャンピオンのFelix Rosenqvistと2位のAntonio Giovinazziだけでなく、3位のJake Dennis、4位のCharles Leclerc、6位のAlexander Albonが、いずれもGP3へ転向したため、必然的に上位で唯一シリーズに残留した、前年5位ストロールのタイトル獲得は開幕前から確実視されていました。もし彼らがF3を継続していたら、全く違う展開になっていたことでしょう。

それでもチームメイトの3人を全く寄せ付けず圧勝したことは、素直に賞賛に値します。ただ自分中心に周りが動いてきたこれまでとは全く違う環境で、上手く自分自身をマネージメントできるのか? 後方スタートから思うように物事が運ばず、ストレスが蓄積して危険なクラッシュを繰り返す………そんな展開も否定はできません。

 

 

プロとしては合格。F1では??

私はストロールは少なくとも数年は、時折速さを見せながらも、全体的には標準以下(何度か入賞、たまに上位入賞程度)の成績に終わるのではないかと予想しています。元々才能はあるので、プロとしては十分活躍できるでしょうが、それがF1で可能かどうかは微妙なところではないでしょうか。

 

 

最後に、これはストロールとは直接関係ありませんが、フェラーリのアカデミー選考には疑問を感じます。才能が最も重視されるのは当然でしょうが、一方でメーカーのジュニア・プログラムには、才能はあるのに資金が足りないドライバーを発掘・支援する意味合いもあるはず。実際、見切りが早いと批判の多いレッドブルのジュニア出身者には、あの時レッドブルのおかげでキャリアを継続できたと感謝するドライバーが多いです。

一方、フェラーリのアカデミーはこれまでに億万長者の息子ストロールや、テルメックスから莫大な資金援助を受けるペレスらを採用しています。才能があるとはいえ、彼らはフェラーリの支援がなくとも、自力でステップアップできるだけの資金力があるはず。メーカーがわざわざサポートする必要があるのか、どうしても疑問ですね。

スチュワート&レッドブルの起源は”イクザワF1″だった

F1に新たなチームが参入することは特段珍しいことではない。かのジャッキー・スチュワート卿が設立したスチュワートGPなどはその代表例だろう。しかし彼らにはある秘密があったのをご存知だろうか?

スチュワートGPの起源は、実は1994年に日本人ドライバー生沢徹が始めたF1プロジェクトにまで遡るのである。計画では98年までにF1に参入する予定だった。しかしやがてそのプロジェクトはスチュワートGPとなり、現在ではレッドブル・レーシングとして世界的に知られている…………。

 

 

1970年代に日本のF2やF3で活躍した生沢徹は、その後ビジネスで成功していた。彼は94年の初頭、96年〜98年のF1参戦を視野に”イクザワ・プロジェクト”を起ち上げる。

生沢はまず、かつてウィリアムズのチームマネージャーを務めたピーター・ウィンザーに声をかけた。二人はF1マシンを製作するためのデザイナー、エンジニアリング・ディレクターを探し、たどり着いたのがウィリアムズ、フェラーリ、ロータスなどでデザイナーの経験を持つエンリケ・スカラブローニだった。スカラブローニは独創的で常識に囚われないタイプのデザイナーであり、93年には革新的な未来のF1マシンのアイデアを作成していた。

彼らを中心とした”イクザワF1チーム”は、94年から95年にかけてイングランドのHawtal Whiting CompanyにてHW001シャシーの設計を開始。何百時間もの風洞実験を行い、結果的にはフルスケールのモックアップで終わったものの、95年にはジョン・ワトソンが何度かフィッティングテストも行い、F1参戦に向けて着々と準備は進んでいるように見えた。

チームがドライバーとして検討していたのは、ケニー・ブラック、ジル・ド・フェランという、いずれも後にCART・インディカーで活躍する二人であった。ドライバーは将来有望なラインナップであり、クルマも風洞試験で良好な結果を弾き出すなど、パズルのあらゆるピースが集まりつつあった。そして生沢とウィンザーは、フォード&コスワースと広範囲に渡るエンジン供給について交渉していたのである。

 

しかしその頃、日本は経済不況に陥っており、生沢のビジネスもまたその影響を免れられなかった。その結果、チームは資金難に陥り、彼らが雇用した主要メンバーの多くは、その後ジャッキー&ポール親子によって設立されたスチュワートGPへと移ってしまう。

イクザワ・プロジェクトが頓挫したという情報が流れてまもなく、スチュワートGPがイクザワHW001の設計を買い取るという噂が流れた。スチュワート卿はこの噂を否定したが、チームには既にHW001の製作に関わった多くのスタッフが働いていたため、たとえ買い取ってはいなくとも似通った姿になるのは必然であった。その後、スチュワートは生沢より一歩を進め、フォードと97年からのエンジン独占供給契約を取り付けたのである。

 

ピーター・ウィンザーが当時を振り返る。

「(資金難以外に)我々の計画に打撃を与えた別の要因が、フォードとの契約がジャッキー・スチュワートへと渡ったことでした。もちろん彼はそれに値する人物ですが、我々は既に94年〜95年にはフォード&コスワースと広範囲に渡って交渉を進めていたのです」

 

Ikuzawa HW001

 

97年に登場したスチュワートSF01は信頼性に優れたクルマだった。もしイクザワ・プロジェクトが資金不足のために頓挫せず、ブラック&ド・フェランと共にHW001がグリッドに並んでいたら、果たしてどうなっていただろうか? 今となっては知る由もないが、大変興味深いストーリーである。そして最終的に現在のレッドブル・レーシングへとどのように結びついていただろうか?

 

Original Text:Ikuzawa; the team that became Stewart Grand Prix

UnracedF1さんのFacebookページに他にも画像あり。

 

*まだ世界的に経済が好調だった90年代前半には、いくつものF1プロジェクトが生まれました。その中にはパシフィックやシムテックなど(短期間とはいえ)実現したものもありますが、ブラボーF1やDAMSなど計画だけで終わったものが大半でしょう。生沢徹さんのF1プロジェクトは自分もうっすらと記憶があるのですが、それが後のスチュワートGP、現在のレッドブルの母体になったという事実は、日本人としては大変興味深い話ですね。ロータス・いすゞV12が実現していたらどうなっていたかなど、妄想も膨らみます(笑)