元レッドブル・ジュニアのその時&その後 (3)

 

元レッドブル・ジュニアドライバーを紹介するシリーズ。(1)(2)に続いて、今回で最後です。

 

Lewis Williamson (UK 2012)

Lewis Williamson

Photo: Sportauto

日本ではほぼ無名ですけど、個人的にはレッドブル・ジュニアチームの負の側面を代表するドライバーだと思います。

ジム・クラークやジャッキー・スチュワートなど数々の名ドライバーを生んだ英国スコットランド出身。国内のカートで数々のタイトルを獲得し、08年終盤にフォーミュラへステップアップ。09年からFR2.0 UKに参戦すると、2年目にはトム・ブロンクビスト(現BMWファクトリードライバー)に次ぐランキング2位となります(ちなみに4位は元F1ドライバーのウィル・スティーブンス、5位は現WECフォードGTのハリー・ティンクネル)。さらにこの年のマクラーレン・オートスポーツ・BRDCアワード (MABA) を受賞するなど、スコットランドの新星として期待されていました。

MABAの賞金10万ポンドを元手に、11年にはGP3へステップアップ。1勝を挙げランキング8位となります。当時チームメイトだったミッチ・エバンス(現Formula E ジャガー)が同9位と互角の勝負だったことからも、その才能が窺われるでしょう。この活躍により翌年レッドブル・ジュニアに選ばれます。

そして迎えた12年。Arden CaterhamからFR3.5に参戦しますが、開幕からの3ラウンドでノーポイントの大不振。するとわずか5レースでレッドブル解雇という憂き目に遭います。同時にFR3.5のシートも失い、その後任に収まったのが、後述するアントニオ・フェリックス・ダ・コスタでした。

たった5レースでのクビは当時の業界内でも波紋を呼び、これをきっかけにレッドブルへの”警戒”が強まったように感じます。確かに強力なサポートは魅力ですが、他の育成プログラムと較べてもあまりにハイリスクであり、ドライバーやその関係者にとっても諸手を挙げて歓迎する風潮は影を潜めたように思います。

事実、ピエール・ガスリーまではトロ・ロッソ (STR) のドライバー候補には事欠かず、多い時には2つのシートを4〜5人で争うような状況すらあったレッドブルですが、ガスリーの後はぽっかりと”空白”ができてしまいました。苦肉の策としてブレンドン・ハートレーの”出戻り”で埋めてはいますが、現在のジュニアチームで最もF1に近いと思われるDan Ticktumですら、F1まではまだ2〜3年はかかるでしょう。

この”空白”の背景としてウィリアムソンの一件は無視できないと思います。実際、ストフェル・ファンドーンやランド・ノリスはマクラーレンを、シャルル・ルクレールはフェラーリを、エステバン・オコンやジョージ・ラッセルはメルセデスを選ぶなど、近年の有力ドライバーはマックス・フェルスタッペンを除いて軒並みレッドブル以外のジュニアスキームを選んでおり、レッドブルの最近の”人材不足”への影響は大きいでしょう。

閑話休題。ウィリアムソンはその後、再びGP3にシートを得て13年まで参戦しますが、14-15年にはとうとうレースから姿を消してしまいます。その間、一般企業でエンジニア見習いとして働いたり、FR2.0のストラッカやGP3のStatus GP(いずれも当時)のドライバーコーチを細々と続けて糊口を凌いでいました。

そんな彼を救ったのが、ドライバーコーチとして採用していたストラッカ・レーシング。オーナードライバーのNick Leventisに請われ、16年Renault Sport Trophyでレースに復帰すると、いきなり優勝&2位の活躍。これにより当時ストラッカが参戦していたWEC LMP2のドライバーにも抜擢されます。昨年はチームと共にブランパンGTへスイッチすると、シルバーカップでクラス3勝を挙げランキング2位になるなど、見事に復活を果たしました。今シーズンはブランパンGTとインターコンチネンタルGTチャレンジのプロアマクラスに参戦しており、初戦のバザースト12時間では総合7位でフィニッシュしています。

 

 

Antonio Felix Da Costa (Portugal 2012-2013)

Antonio Felix Da Costa

Photo: SOY502

ウィリアムソンの解雇に伴い、代わってレッドブル・ジュニアに抜擢されたのがアントニオ・フェリックス・ダ・コスタでした。

08年にフォーミュラへデビューすると、その年のFR2.0 NECではバルテッリ・ボッタスに次ぐ2位に、翌年にはチャンピオンに輝きます(2位はケビン・マグヌッセン)。10年はユーロF3、11年はGP3や英国F3に参戦しますが、いずれもそれほど目立った成績は残せず、2度のマカオGPでも1年目の6位が最高と、この頃は言ってみれば”並み”のドライバーでした。

12年も引き続きGP3に参戦していましたが、運命が大きく変わったのがシーズン途中のレッドブル・ジュニアへの抜擢。GP3ではそれまで選手権9位だったのが、抜擢後は3勝&最多6回のFLを獲得し3位に躍進。さらにウィリアムソンの後任として参戦したFR3.5では、シーズン終盤の5戦だけで年間最多の4勝を挙げる大活躍を演じるなど、まさに大ブレイクを果たします。この年のFR3.5ではロビン・フリンス、ジュール・ビアンキ、サム・バードといった錚々たる面々が、GP2を凌ぐハイレベルなタイトル争いを繰り広げていましたが、前半3ラウンドを欠場したにも関らず、彼らに僅差で続くランキング4位に。さらに同年のマカオGPも初制覇し、一躍レッドブル・ジュニアのエースとして嘱望されるようになります。

13年も引き続きFR3.5に参戦。当然チャンピオンの最有力候補と目されましたが、ここで予想外の苦戦を強いられます。ランキングこそ3位に収まったものの、勝利数は前年を下回り、チャンピオンのケビン・マグヌッセン、2位のストフェル・ファンドーンにも大きく水を開けられました。それでもダニエル・リカルドのレッドブルF1昇格に伴い、空いたSTRのドライバー候補筆頭に挙げられていましたが、最終的にレッドブルが選んだのは同年GP3でチャンピオンを獲得したダニール・クビアト。あと一歩まで迫りながらも、F1参戦の夢はここで潰えることとなりました。

ただダ・コスタは以後も数年に渡ってレッドブルのスポンサードを受けており、ニール・ジャニやセバスチャン・ブエミ同様”円満退社”したパターンに入ります。

その後、14年からはBMWのファクトリードライバーに選ばれDTMに参戦。3シーズンで1勝&3PPを記録しました。また14/15シーズンに新たに始まったFormula Eにも初年度から参戦しており、チーム・アグリに唯一となる優勝をもたらしたことは、国内の専門媒体でも大きく取り上げられましたね。16年には2度目のマカオGP制覇も果たし、改めてフォーミュラでの実力もアピールしました。現在もBMWファクトリードライバーとして、BMWアンドレッティからFormula Eに参戦する傍ら、DTMからWEC GTEプロへスイッチ。数々の耐久ビッグレースにも参戦するなど、国際的に活躍中です。

 

 

Callum Ilott (UK 2015)

Callum Ilott

Photo: FIA Formula 3 European Championship / Thomas Suer The Checkered Flag

カート時代には史上最年少でWSK Driver of the Yearに輝くなど華々しい活躍を見せ、同世代では最も将来を嘱望されたドライバーでした。15年にレッドブルのサポートを受けToyota Racing Seriesでフォーミュラにデビュー。シリーズ終了後、正式にレッドブル・ジュニアに加入します。

しかしこの頃のジュニア・フォーミュラ界は、前年FIA F3で衝撃的なデビューを飾り、フォーミュラ経験たった1年でF1昇格を果たした”フェルスタッペン・ショック”の真っ只中。アイロットもカートでの実績に溺れたか、後に続けとばかりにエントリーフォーミュラを経ず、いきなりFIA F3からスタートするという”愚行”を犯してしまいます。

案の定、時折光る速さは見せるものの経験不足は否めず、3位1回が最高でランキングも12位に低迷。それでもフォーミュラ1年目という点を考慮すれば上出来ではあったのですが、レッドブルはそのようには判断せず、わずか1年でジュニアチームを解雇されてしまいます。

ただカートで見せた才能に疑いはなく、2年目には2勝を挙げランキング6位に躍進。マカオでも予選フロントロウを獲得し、決勝でも5位と成長の跡を見せます。昨年は常勝Prema Powerteamに移籍し、チーム最多の6勝&10回のPPを獲得したほか、マカオでは決勝こそ不運なリタイアに終わったものの、予選レースを制するなど、徐々にその速さが結果に結びつきつつあります。

このオフシーズンには新たにフェラーリの育成プログラム (FDA) のメンバーに選ばれ、カテゴリーもGP3にスイッチ。昨年ドライバーズ選手権トップ4を独占したART Grand Prixからの参戦で、タイトルの本命と目されています。同年デビューのランド・ノリスにはかなり差をつけられた感がありますが、アイロットも今後が楽しみなドライバーの一人ですね。

 

 

[番外編]Enrique Bernoldi (Brazil), Patrick Friesacher (Austria 2001-2004)

 

おまけに番外編として、レッドブルに関係する二人の元F1ドライバーを。

レッドブルのサポートの下、最初にF1に参戦したドライバーは、01年にアロウズからデビューしたエンリケ・ベルノルディでした。レッドブル・ジュニアチームは90年代後半〜2000年代前半にかけて、独自の国際F3000チームを所有(チーム運営はヘルムート・マルコが代表を務めるRSM Markoが担当。そこからマルコはレッドブルの若手全体を見る立場になる)しており、99-00年にチームに所属していたのがベルノルディでした。F3000では優勝どころか表彰台すらなかったものの、当時レッドブルがスポンサードしていた縁でザウバーのテストに参加。レッドブルはそのままザウバーでF1デビューさせる腹積もりでしたが、ペーター・ザウバー御大はテストでその才能に惚れ込んだキミ・ライコネンをフォーミュラ・フォードから大抜擢。ペーター御大の眼鏡が正しかったことは、その後の歴史が証明しているわけですが、これが後にレッドブルが単なるスポンサーから独自のチーム設立に動くきっかけにもなりました。

ジュニアチーム設立より7年も前、94年に14歳でレッドブル初のジュニアドライバーに選ばれたのが、05年にミナルディからF1に参戦したパトリック・フリーザッカー。順調にジュニアフォーミュラでキャリアを積み、01年〜03年には先述のレッドブル・ジュニアチームF3000から国際F3000に参戦。03年には1勝を挙げランキング5位となります。04年はチームを移籍し再び1勝を挙げますが、ジャガーF1を買収したレッドブルは、既にF1デビューしていたクリスチャン・クリエンと、国際F3000チャンピオンのヴィタントニオ・リウッツィをデヴィッド・クルサードのチームメイトに抜擢。フリーザッカーはジュニアチームを外されます。

それでもフリーザッカーは独自にスポンサーを獲得し、ミナルディでF1デビュー。あの出走わずか6台となったインディアポリスでのアメリカGPで、6位入賞(もちろん最下位完走)を果たしました。ジュニアチームを外された後にF1デビューのチャンスを掴んだ珍しいケースです。

 

 

 

こうして見ると、レッドブルから切られた後も様々なカテゴリーで活躍中のドライバーが多いことがわかりますね。F1にこそ到達できなくとも、レッドブル=ヘルムート・マルコの見る目は決して間違ってはいないということでしょう。

また冒頭でも述べたように、レッドブルのサポートのおかげでレースを続けられたというドライバーも多く、元レッドブルの肩書きが新たなチーム探し、スポンサー探しに役立った可能性も否定できません。他のジュニアプログラムと較べても、強烈なハイリスク・ハイリターンであり、功罪相半ばするプログラムではありますが、現在のモータースポーツ界への貢献は計り知れないものがあるのではないでしょうか。

 

 

最後に過去にレッドブル・ジュニアのメンバーだった主なドライバーを紹介しましょう。(カッコ内は所属期間)

  • Narain Karthikeyan (India 2004):元F1ドライバー(ミッドランド&HRT)、14年〜Super Formula参戦
  • Philipp Eng (Austria 2005-2006):14-15年ドイツ・ポルシェ・カレラカップ・チャンピオン、15年ポルシェ・スーパーカップ・チャンピオン、17年ADAC GT Masters4位、18年DTM、現BMWファクトリードライバー
  • Stefano Coletti (Monaco 2005-2008):13年GP2 5位、14年同6位、15年インディカー参戦
  • 黒田吉隆 (日本 2006):現状、日本人唯一のレッドブル・ジュニア経験者
  • Oliver Oakes (UK 2006-2007):現Hitech GP代表
  • Tom Dillmann (France 2007-2008):10年ドイツF3チャンピオン、16年FV8 3.5チャンピオン、16-17年Formula E参戦、18年WEC LMP1, Super Formulaなど
  • Jean-Karl Vernay (France 2007-2008):09年マカオGP 2位、10年インディライツ・チャンピオン、12年フランス・ポルシェ・カレラカップ・チャンピオン、17年TCR Internationalチャンピオン、18年WTCR
  • Karun Chandhok (India 2008):元F1ドライバー(HRT)
  • Daniel Juncadella (Spain 2008-2009):11年マカオGP優勝、12年ユーロF3チャンピオン、13-16/18年DTM、現メルセデス・ファクトリードライバー
  • Tom Blomqvist (UK 2013):14年FIA F3 2位、15〜17年DTM参戦(通算1勝、16年ランキング6位)、18年Formula E, WEC GTEプロなど、現BMWファクトリードライバー
  • Alex Lynn (UK 2014):13年FIA F3 3位、同マカオGP優勝、14年GP3チャンピオン。18年Formula E, WEC GTEプロ、現アストンマーティン・ファクトリードライバー
  • Dean Stoneman (UK 2015):10年FIA (MSV) F2チャンピオン、14年GP3 2位、18年WEC LMP1