2017シーズンレビュー(1) FIA F2

 

Charles Leclerc, 2017 FIA F2 Champion

Charles Leclerc won the FIA F2 Championship in 2017 (Photo:Hello Monaco)

年の瀬ということで、今シーズンの各ジュニアカテゴリーを振り返ってみたいと思います。まずはF1直下のカテゴリーであるFIA F2から。

 

ルクレール独走でGP3&FIA F2を連覇

Charles Leclerc (Prema) が初のGP3とFIA F2の連覇を達成しました。本命Leclerc、対抗Oliver Rowland (DAMS) という図式はプレビューでの予想通りでしたが、これほどLeclercが独走するとはさすがに思いませんでしたね。

前半6ラウンドでは全戦PP、12戦5勝、表彰台7回という2位にダブルスコア近い大差をつける圧倒的強さ。特に開幕戦バーレーンのレース2では、タイヤ交換しながらも勝ってしまうという(通常スプリントのレース2ではタイヤ交換はしない)常識外れの速さを見せました。後半5ラウンドでは10戦2勝とやや失速したものの、それでもインパクトが衰えることはありません。

特筆すべきは予選一発の速さ。開幕から6戦連続PP獲得。ハンガリーでの規定違反による失格がなければ、実に8戦連続PP (!) という凄まじい記録を打ち立てるところでした(過去にはストッフェル・ファンドーンが14〜15年にかけて6戦連続PPを記録)。

FルノーやF3時代は、スピードに関しては同期のマックス・フェルスタッペンほどのインパクトはなく、エステバン・オコン同様、若いのに落ち着いたレースをするドライバーという印象でした。しかし昨年のGP3あたりから速さに磨きがかかり、予選では9戦で4度のPPを獲得。ART→Premaとチャンピオンチームを渡り歩いているメリットはもちろんありますが、よりパワーの比重が大きいビッグフォーミュラに彼のドライビングスタイルがピタリとはまったのでしょうか。

故ジュール・ビアンキと少年時代からの友人だったのは有名な話ですが、来季アルファロメオ・ザウバーからのF1デビューも決まり、ビアンキが叶えられなかったフェラーリ・ドライバーという夢を実現する可能性も大いにあるでしょうね。

 

悪評を覆す活躍を見せたマルケロフ

Artem Markelov (Russian Time) のランキング2位は驚きでした。これまではペイドライバーにしか見えませんでしたが、さすがに参戦4年目となると経験がモノを言う。Leclercに次ぐ5勝を挙げ、最終戦で自身初PPも獲得。FLはLeclercを上回る6回を記録しました。特に全22戰で入賞17回、リタイア僅か1回という安定感が光りましたね。5勝のうち2勝は優勝者の失格(LeclercとRowland)によるタナボタであり、それがなければランキングでもRowlandに抜かれていたでしょうが、それでも実力を示すには十分な活躍でした。なんとなく同じロシアのビタリー・ペトロフ(09年に同じく2位)を連想させます。

Rowlandは二度の失格(3位と優勝)が痛かった。表彰台10回はLeclercと並ぶ最多だけに、これがなければタイトル争いもよりタイトになっていた可能性もあります。優勝こそ2回に止まりましたが、今シーズンLeclercに純粋な速さで対抗できたのはRowlandだけだったと思いますね。

Oliver Rowland won the Monaco feature race

Artem Markelov (2nd), Oliver Rowland (1st), 松下信治 (3rd) podium at Monaco (Photo:Joe Portlock/LAT Images)

その他、4位のLuca Ghiotto (Russian Time) は1勝に止まりランキングでもMarkelovを下回ってしまったものの、表彰台は同数、全戦完走&入賞実に20回 (!) という抜群の安定感を誇りました。Leclercとは逆にこれまではアグレッシブ過ぎるきらいがありましたが、成熟した良いドライバーになっています。来季もトップチームのシートを得られれば良いのですが……。

7位のNyck de VriesはRapaxでシーズンをスタートし、後半からRacing Engineeringに移籍しましたが、いずれのチームでも総得点の大半を稼ぎ出しました。マクラーレンからのサポートの一方、既にフェラーリ (GTE) やアウディが触手を伸ばしているように、関係者からの評価は非常に高く、ファクトリードライバーとして第一線で活躍できる才能の持ち主です。

Leclercと同じくフェラーリのジュニアプログラム、FDAのメンバーであるAntonio Fuoco (Prema) は、地元モンツァで1勝を挙げたものの、Leclercには全く敵わずポイントでは3倍近い差をつけられました。Premaという現在最強チームからの参戦を加味すれば、落第点としか言いようがありません。それでもフェラーリが彼をキープするのはイタリア人枠としか思えないのですが……。

昨年GP3でLeclercとタイトル争いを繰り広げたAlexander Albon (ART) は、1ラウンド欠場したもののルーキーながら全戦完走を達成。優勝はなく表彰台も2回に止まりましたが、シーズン前半は全戦入賞の安定感でした。シルバーストーン以降なぜか失速しましたが、最終戦は盛り返して終わり、来季に期待が持てるドライバーです。

昨年までレッドブル・ジュニアチームのメンバーだった同じくルーキーのSergio Sette Camara (MP) は、Albonとは逆にハンガリーまで入賞ゼロ。ところがシーズン後半は一転、スパのレース2で初優勝すると、モンツァのレース2でも2位に。その後も入賞を重ねたほか、昨年に引き続き参戦したマカオGPでは最終ラップ最終コーナーまで優勝を争う激戦を展開。上昇気流のままシーズンを終えました。こちらも来季が面白そうな存在です。

 

Russian Timeが有終の美

チームタイトルは最終戦まで続いたPrema、DAMSとの三つ巴の争いを制し、Russian Timeが獲得。参戦初年度以来2度目のタイトルにして、来季のエントリーを見送ったことから最後のタイトルともなりました。参戦5年間でドライバーズタイトルこそ獲得できなかったものの、チームランキングでは1-5-5-3-1位と全てトップ5入り。現場のオペレーションがMotopark→iSport→Virtuosiと入れ替わる中、上位を維持し続けたのは立派でした。ちなみに今シーズンは2台x22戦で全44レースのうち、リタイア僅か1回、入賞圏外もたった6回という飛び抜けた完走率・入賞率を誇っており、納得のチームチャンピオンです。

ARTはランキングこそ4位を維持しましたが、優勝はスプリントの2勝のみ。フューチャーレース未勝利は不本意な結果でしょう。

個人的に気になったのはRacing Engineeringの低迷です。過去に二度のドライバーズタイトル(08年ジョルジョ・パンターノ、13年ファビオ・ライマー)を獲得しているだけでなく、この10年間常にチームランキングでは4位以内という、全チームの中でも最高の安定度を誇るチームなのですが、今シーズンは過去最低の8位に終わりました。

シーズン途中から加わったde Vriesが移籍後すぐに表彰台を得ていることからも、突然技術力が低下したとは考え難く、よほど今シーズンのドライバー、特にLouis Deletrazと相性が悪かったとしか思えません(彼も決してダメなドライバーではありません)。このカテゴリーに特化しているチームだけに、適切なドライバーさえ確保できれば来シーズンは再び浮上してくるのではないかと期待しています。

Racing Engineering at Monza

Racing Engineering at Monza (Photo:FIA Formula2)

 

ARTのワーストを更新した松下

最後に松下信治について。

過去2年は8位&11位に終わり、今年はスーパーライセンスを得られるランキング3位以内を目指しましたが、結果は6位。07年中嶋一貴の5位にすら及びませんでした。

ARTのドライバーが一人もトップ3に入れなかったのは08年以来のこと。しかも当時ルーキーだったロマン・グロージャンは4位。チーム在籍3年目でエース格にも関わらず、チームのワースト更新というのは、期待を大きく裏切ったと言わざるを得ません。

彼の欠点は波が大き過ぎること。ピークパフォーマンスではトップ選手に引けを取りませんが、いかんせん良い時と悪い時の差が大きく、ひとたび予選やレース1で低迷すると巻き返せぬまま終わってしまう。逆にレース1で表彰台に上がっても、その勢いを持続できずレース2では順位を落としてしまうのが、LeclercやRowlandとの大きな違いです(二人はいずれも今季3度ダブル表彰台を獲得。過去にはハミルトンやヒュルケンベルグなど数人がダブル優勝を達成)。

一部でARTのチーム力低下を原因に挙げる論調も見られますが、テクニカルディレクターで技術面の中心だったGuillaume CapiettoさんがPremaに移籍したのは15年シーズン終了後。16年には新加入のSergey Sirotkinが3位に入っていることからも、原因はドライバー自身にあるとしか言いようがありません。

おそらくスーパーライセンスがポイント制でなければ、たとえランキング6位でも、18年のSTRホンダはピエール・ガスリー&松下のコンビとなっていたでしょう。残念ながら彼がポイント制が施行されたことによってF1進出を阻まれた初のケースとなりそうです。