こんなに凄かった2000年代の日本人ドライバー

 

小林可夢偉 / GP2 Asia series 2008 (Photo Eurosport )

 
松下信治と福住仁嶺が、それぞれFIA F2 (旧GP2) とGP3で好スタートを切り、新たな日本人F1ドライバーの誕生に期待が高まっています。

しかし2000年代の欧州ジュニアフォーミュラでの日本人ドライバーの活躍ぶりは、彼らの比ではなかったんですよね。

もちろん当時はホンダとトヨタがF1にフルワークス体制で参戦しており、今よりはるかに環境に恵まれていたことは事実です。ただそんな中でも、しっかりと結果で応えたドライバーがこれだけ居たことには、隔世の感があります。

惜しむらくは、今現在も国際的に活躍しているのが佐藤琢磨、中嶋一貴、小林可夢偉のF1経験者3人しかいない点ですが、それはまた別の話ということで……。

そんなわけで改めて、そんな2000年代の活躍ぶりをドライバー毎に振り返ってみましょう。

 

 
佐藤琢磨
・2000年:イギリスF3 3位(1位アントニオ・ピッツォニア、4位ナレイン・カーティケヤン)
 マカオGP 予選2位(PP カーティケヤン、優勝アンドレ・クート)
・2001年:イギリスF3チャンピオン26戦12勝6PP15FL/2位アンソニー・デヴィッドソン、7位アンドレ・ロッテラー)
 マカオGP 優勝(2位ブノワ・トレルイエ、3位ビョルン・ヴィルドハイム)
 マスターズF3 優勝&PP&FL

佐藤琢磨 / Macau Grand Prix 2001 (Photo  WTF1 )

 

 
福田良
・2000年:マカオGP 予選3位 決勝3位
・2001年:フランスF3チャンピオン11戦7勝4PP5FL/2位ティアゴ・モンテイロ)

金石年弘
・2000年:ドイツF3 8位、マスターズF3 決勝5位
・2001年:ドイツF3チャンピオン(2勝2PP3FL/6位ゲイリー・パフェット、7位J-P.オリベイラ、9位ヴィルドハイム)

松浦孝亮
・2001年:ドイツF3 8位(1勝1FL)
・2002年:ドイツF3 2位(2勝6PP2FL/1位パフェット、3位ティモ・グロック)
・2003年:FルノーV6 Eurocup(後のFルノー3.5)3位(3勝2PP1FL/1位ホセ・マリア・ロペス、2位ニール・ジャニ)

松浦孝亮 / Formula Renault V6 Eurocup 2003 (Photo Carstenriede )

 

 
井出有治
・2002年:フランスF3 7位(1勝)

小暮卓史
・2002年:マカオGP 決勝3位(2位ヘイキ・コバライネン)

平中克幸
・2003年:マカオGP 決勝3位(優勝ニコラ・ラピエール)

平手晃平
・2005年:マスターズF3 予選5位 決勝5位(優勝ルイス・ハミルトン、2位エイドリアン・スーティル、3位ルーカス・ディ・グラッシ、4位ポール・ディ・レスタ)
・2006年:ユーロF3 3位(1勝3FL、1位ディ・レスタ、2位セバスチャン・ベッテル)
 マカオGP 予選2位 予選レース3位 決勝リタイア(優勝マイク・コンウェイ、3位スーティル、4位セバスチャン・ブエミ、5位ロマン・グロージャン)
 マスターズF3 予選4位 決勝4位(優勝ディ・レスタ、3位ブエミ、5位グロージャン、6位ベッテル、7位ブルーノ・セナ)

中嶋一貴
・2005年:マカオGP 予選8位 予選レース7位 決勝5位(優勝ディ・グラッシ、2位ロバート・クビツァ、3位ベッテル、4位J-P.オリベイラ、6位ロイック・デュバル)
・2006年:ユーロF3 7位(1勝2FL)、マカオGP 予選8位 予選レース8位
・2007年:GP2 5位(1PP6表彰台/1位グロック、2位ディ・グラッシ)

小林可夢偉
・2005年:Fルノー2.0 Eurocupチャンピオン(6勝4PP4FL)
 Fルノー2.0イタリア チャンピオン(6勝/4位ジェローム・ダンブロジオ)
・2006年:ユーロF3 8位(1FL、ルーキーカップチャンピオン)
 マカオGP 予選PP 予選レース1位 決勝リタイア
・2007年:ユーロF3 4位(1勝1PP/1位グロージャン、2位ブエミ、3位ニコ・ヒュルケンベルグ)
・2008年:GP2アジア 6位(2勝/1位グロージャン、2位ブエミ、3位ヴィタリー・ペトロフ、5位セナ、10位吉本大樹)
 GP2 16位(1勝1PP2FL)
・2009年:GP2アジア チャンピオン(2勝2PP3FL、2位ダンブロジオ、5位ペトロフ、7位セルジオ・ペレス、9位山本左近)

塚越広大
・2006年:マカオGP 予選11位 予選レース5位
・2007年:マカオGP 予選3位 予選レース9位 決勝2位(優勝オリバー・ジャービス&トムス)
・2008年:ユーロF3 7位(2位4回/1位ヒュルケンベルグ、2位エドアルド・モルターラ、3位ジュール・ビアンキ/チーム内トップ(11位サム・バード))
 マスターズF3 予選4位 決勝リタイア

大嶋和也
・2006年:マカオGP 決勝7位
・2007年:マカオGP 予選8位 予選レース3位 決勝3位

国本京祐
・2008年:マカオGP 予選3位 予選レース2位 決勝優勝(2位モルターラ、3位ブレンドン・ハートレー、7位オリバー・ターベイ、9位ビアンキ、10位ハイミ・アルグエルスアリ)

おまけ
*ユーロF3ネイションカップ、2006年 日本1位(平手、中嶋、小林)

 

 

10年代の低迷は20年代の消滅に繋がる

2001年英仏独のF3チャンピオン独占を筆頭に、シリーズ3位以内は計10回にものぼります。加えて伝統のマカオGPでも2度の優勝です。

「とは言っても、所詮はF3レベルでしょ?」という意見もあるかもしれません。では今現在、FIA F3でトップ3に入れるドライバーは何人いるでしょうか? FルノーEurocupでチャンピオンを獲れるドライバーは何人いるでしょうか?

またGP2のようなビッグフォーミュラではチーム間の格差がそれなりにあるため、所属チームによってある程度成績が左右されますが、F3ではその差は小さく、その中でこれだけの成績を残せたのは、実力以外にありません。

実際に琢磨が在籍していた頃のCarlinは、今と違ってまだ出来たての新興チームで、チームにとってもこれが初のタイトルでしたし、福田のSaulnier Racingも、金石のBSRも決してトップチームではありません。またPrema PowerteamやManor Motorsportは、ジュニアフォーミュラ界では”古豪”ですが、当時はASM (現ART Grand Prix) がF3では圧倒的強さを誇っており、ASM勢に食い込んで上位に入るのは至難の業でした。上記のドライバーのうち、トップチームに所属していたと言えるのはASMの可夢偉くらいなんですね。

2000年代は彼ら以外にも、Team GOH&荒聖司が2004年のル・マンで総合優勝を達成。トムスはマカオGPを07年〜08年に2制覇。武藤英紀のIndyLights 2位などもありました。国際的に日本のモータースポーツのプレゼンスが非常に高かったことがわかります。

 

翻って現代はどうでしょうか? 2010年代にチャンピオンを獲得したのは、2014年AutoGPでの佐藤公哉のみ(と言っても、ほぼフル参戦したのは10台程度ですが…) 優勝に絞っても佐藤以外には、FルノーNEC&Euroformula Openで金丸悠が2勝、笹原右京がFルノーEurocupとNEC、スポット参戦のイタリアF4で計4勝、道見ショーン真也がAutoGPで1勝、それに現在の松下&福住程度です。まさに数える程しかありません。しかも松下&福住以外は、すべて自動車メーカーの後ろ盾を持たない中での孤軍奮闘です(した) いったいメーカーの育成プログラムはこの間、何をしていたのでしょうか?

日本勢の没落は何もドライバーに限ったことではありません。90年代と2000年代にマカオで計5勝を挙げた名門トムスは、10年代には他の日本勢同様、未勝利どころか上位入賞すらままならず。かつてスバルや三菱、トヨタが席巻したWRCも、今シーズンのトヨタ復帰まで参戦はゼロ。WTCCのホンダはシトロエンに惨敗して勝ち逃げを許しましたし、F1が論外なのは今更言うまでもありません。

個人的にはこの10年ほどの、日本という国自体の国際的な存在感&競争力低下と、国内モータースポーツの不振が重なって見えますね。

 

メーカーではこのところトヨタのWRC復帰、ホンダのF1復帰、ニッサンのブランパンやバザーストへの参戦など、徐々に復活傾向も見られますが、ジュニアカテゴリーで日本人ドライバーが大活躍する時代は再び訪れるのでしょうか?

決して忘れてはならないのは、先日の琢磨インディ500制覇という歴史的偉業も、WECでの一貴&可夢偉の活躍も、00年代の礎があってこそです。このままだと2020年代には国際的トップカテゴリーから日本人ドライバーは消滅してしまいますよ

 

塚越広大, ニコ・ヒュルケンベルグ, ジュール・ビアンキ / F3 Euro Series at Mugello 2008